Hybrid dog 03

マイクはハーヴィーのオフィスまで連れてこられた。半ば引きずるようにして。

オフィスに入るなり、マイクはソファの上に放り出された。スプリングが弾む。軽くバウンドしてから、ようやくマイクの体はソファに落ち着いた。

ドサっと、マイクのジャケットと鞄が隣のソファに投げ置かれた。

「随分と乱暴じゃないですか、ハーヴィー」

オフィスの中はマイクとハーヴィーだけではなかった。ドナとアレックスも何事かという表情でいる。

ハーヴィーは自分のデスクから、書類の束を取り上げると、それをマイクの前のローテーブルに置いた。

「今日じゃなくて、いい。しかし、これは君の仕事だ」

「・・・僕の・・・仕事?」

「そうだ」

そこへアレックスが割り込んでくる。

「ハーヴィー。その書類なら、貴方の専属アソシエイトである僕がやりますよ。そんな、疲れてボロボロのマイクじゃ、ミスが生じます」

「だから、今日じゃなくても、いいと言っている」

「僕なら、今日中に終わらせますよ!」

アレックスがソファに座り、書類を手にしようとする。それをハーヴィーが厳しく止めた。

「ソファに座るな!このオフィスのソファで寛ぐことを許しているアソシエイトはマイクだけだ!」

中腰になっていたアレックスが、思わず、背筋を伸ばしてスッと立つ。

「それに君は俺の専属をアソシエイトではない。君の父親から1ヶ月間だけの約束で預かっただけの客人だ」

「そんな。・・・でも、僕は貴方と一緒に仕事がしたい。父に言って、正式のこのピアソン・ハードマンに就職するつもりです。貴方の傍で!」

「この事務所に就職するには君の勝手だ。好きにすればいい。ただし、俺の傍には置かない!俺の専属アソシエイトはマイク・ロスだからだ!」

ハーヴィーの怒鳴り声に、アレックスがビクリとする。それとは別な意味で、マイクの心臓の鼓動も早くなる。

「こんな・・・こんな、薄汚れた雑種の野良犬みたいな人間が、貴方の横に立つんですか?悪いけど・・・マイクは、貴方には似合わないと思います!」

「はっ!自分は血統書付きの犬だから、仕事ができると?俺にふさわしいと?ふざけるな!君の書類はミスだらけだ!おかげで、俺とドナがどれだけ面倒な仕事をすることになったと思ってる!それと・・・」

そこで、ハーヴィーは一息ついた。そして。

「マイクは雑種なんかじゃない。ハイブリッドだ。マイク、立て!行くぞ!」

自力で立たないと、また腕を掴まれて引きずられそうな勢いだった。マイクは慌てて、ジャケットと鞄を掴み立ち上がった。

「待ってください!ハーヴィー!父に言いますよ!」

「勝手にしろ!ドナ!後は任せたからな!」

後ろを歩いているマイクには見えなかったが、よほどハーヴィーは険しい表情をしているのだろう。廊下を歩いていると、まるで、モーゼの十戒のように、人が避ける。

エレベーターに乗って、ようやく、ハーヴィーの顔を見ることができた。眉間にものすごい深い皺が寄っている。

「酷い顔」

そんなマイクの声に、ハーヴィーが視線をマイクに移す。

「そんな君は酷い姿だ。相当、働いていたようだな」

「別に・・・ただ、自分の取り柄を生かそうを思っただけ。貴方に捨てられたから。でも・・・」

そこまで言うと、何故か、涙がこみ上げてきた。

「嬉しかったよ、ハーヴィー。ソファで寛げるのが僕だけとか、専属アソシエイトとか、そんな風に言ってもらえてさ。すっごく、いい思い出になった」

「なんだ、その聞き捨てならない言葉は。俺は君を捨ててなんかいないし、過去形で語るな」

「だって・・・」

グズグズと涙が出てくる。

エレベーターが1階に着いたとき、ハーヴィーはぽそりと呟いた。

「これは・・・予定変更だな」

マイクが連れてこられたのは、ハーヴィーのペントハウスだった。幾度か書類を届けに来たことはあったが、こんな風にソファに座らされることは初めてだった。しかも、手にはマグカップに入ったホット・ミルクだ。

「ねえ、どうしてホット・ミルク?貴方はお酒なのに」

「空きっ腹に酒を飲んだら倒れるぞ」

「そうかもだけど・・・」

「一体いつから食べてないんだ?」

「・・・んー・・・忘れた」

「呆れたなものだな。やはり、ミルクで正解だ。それに、犬はミルクが好きだろう?」

「薄汚い、雑種だけどね」

「マイク・・・」

マイクはもう一口、ホッと・ミルクを飲んだ。ほのかに甘い。蜂蜜の甘さだ。

ハーヴィーがマイクの隣に座った。

「君は、ドナから何も聞いていないのか?」

「何も」

「まったく、ドナの奴め」

「・・・ねえ、アレックスってさ・・・、綺麗だよね。すっごい大きな会社の御曹司なんでしょ?親の後を継がないで、弁護士を目指してるんだね」

「それは知ってるのか」

「うん。それだけ、ドナから聞いた」

「ああ。確かに、俺のクライアントの三男坊だ。ハーバード・ロースクールを出て、何処かの事務所にって話だったんだが、俺は押し付けられたんだ」

「まあ、クライアントは大事にしなくちゃだよね。それにハーバード・ロースクール出身なら、ハーヴィーにぴったりじゃん」

「それ・・・本気で言ってるのか」

「うん。まあ、そう」

「出身校は当てにならんということを今回は体感したぞ、俺は。まったくあいつは使えない。書類のミスは多いし、勘は働かないし。君と違って、弁護士としての鼻が悪い」

「でも、裁判に連れて行ったんでしょ?僕なんか、全然、行かせてもらえないし」

「デスクワークができないから、裁判所で座らせてただけだ。血統書付きかもしれんが、あれは駄犬だな」

憮然とした表情でハーヴィーが言う。

「・・・でもさ、食事にも行ったんでしょ?アレックスと」

「あのな。君が来ると思っていたにも関わらず、いきなりあのオツム空っぽ駄犬が現れたときの俺の衝撃がわかるか?」

「僕が行かないって断ったから、アレックスと一緒に行ったんじゃないの?」

「あれはドナも悪いんだ。君の断りを、アレックス経由で俺に伝えようとしたらしい。しかし、アレックスはそれを伝えずに、勝手に店に来たんだ。父親の手前、無碍にもできないし、ものすごく無為な時間を過ごした。ドナも悪いが、俺の誘いを断る君も悪い」

「だって・・・」

「なんだ」

「・・・だって、捨てられたんだと思ったんだよ、僕。経歴詐称だし、見てくれだって悪いし。それに、全然、僕に仕事が回って来なくなっちゃったし。もう、必要とされていないんだなって」

「1ヶ月限定の預かりアソシエイトだってことを、君に伝えるよう、ドナに頼んだ。それをドナは伝えなかったんだな。・・・わざとだな、絶対」

「何、それ」

「気にするな。ドナには俺から言っておく」

「ドナも、貴方の傍にいるのは、僕よりアレックスの方がいいって思ったのかな」

「それはない。ドナも君のことを認めている」

「も?」

「俺が君を専属アソシエイトと認めているようにだ」

「・・・そう言ってもらえるの、嘘でも、すっごく嬉しい」

「嘘じゃない。いい加減、理解してくれ。明日からはいつも通りだ」

「また・・・貴方と一緒に仕事ができるの?」

パァっとマイクの表情が明るくなる。

「また、その賢い頭脳を貸してくれ」

「ありがとう、ハーヴィー」

にっこりと嬉しそうに笑うマイクの髪をクシャクシャと乱し、その手からマグカップを取り上げた。

「まだ、全部、飲んでないのに・・・」

「やっぱり、犬はミルクが好きなんだな」

「そういうわけじゃ・・・でも、美味しいよ。蜂蜜味だよね」

「特別な蜂蜜が入っている。君は味を覚えるのも得意か?」

「わりとね」

「じゃあ、今度RobeltNYCに行ったときにわかるだろう」

「ああ。僕が断っちゃったレストラン」

「2回もな」

「ごめんなさい」

「まあ、いい。明日の夜にでも連れていくさ」

「どうして、ハーヴィーは僕をご飯に連れて行ってくれるの?やっぱり、動物愛護?」

「そうだな。それもあるな。空腹のアソシエイトは使いものにならないしな」

「食べなくても、ちゃんと働くよ。犬だって、ご飯だけで、生きてるんじゃないんだよ?知ってた?」

「?」

「犬はね、ご主人様の為に働くのが嬉しいんだよ。僕もそう。ハーヴィーに仕事を与えられて、それができて、貴方に認められると、すっごく嬉しいんだ」

「本当に犬だな。しかし、犬は主人に甘えるのも好きだろう」

「そうだね。だから、僕、ハーヴィーのオフィスのソファで寛いじゃうんだね。ハーヴィー、怒らないし」

「可愛がってる犬には、ソファに上がることを許すんだ」

ふふっと二人で笑みを交わす。マイクの心の中から、不安が少しずつ消えていく。アレックスはいなくなって、また自分がハーヴィーの右腕として働ける。それに、ここ1ヶ月、ハーヴィーの姿をちゃんと見ることができなかったことも、正直辛かった。ハーヴィーが自分に与えている影響をつくづく思い知らされる。

「マイク」

「ん?」

「犬みたいに甘えてみろ」

「犬みたいに?」

マイクは小首を傾げた。犬みたいに甘える。昔、近所の家で飼割れていた犬のことを思い出す。尻尾を振って、ご主人様に抱きついたり、顔を舐めたりする姿が思い出される。

「マイク?」

また、髪の毛をクシャクシャにされる。そんなハーヴィーの表情は優しかった。

マイクは少しずつ、機嫌の良さそうなハーヴィーに顔を近づけた。正解かどうかはわからない。ただ、自分が本当に犬だったら、と考えてみる。そして、もっとハーヴィーに近づき、舌先でペロリと彼の唇を舐めた。それから、軽く触れるだけのキスをする。

「・・・いい子だ、マイク」

「え?これで、いいの?合ってるの?」

驚いたように、マイクは目を見開いた。

「上手な甘え方だった。しかし、キスの躾はしないと駄目だな」

「ええっ」

「じゃあ、躾のために、ドッグランに行くか」

ハーヴィーはマイクの腕を取り、優しく立ち上がらせた。

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