Honey and Lime 01

「ダニーはまだ来てないのか」
スティーヴがメインルームを見渡し、さらにガラス張りのダニーのオフィスを見てから言った。
今朝は知事に呼び出され、それから本部に来たので自分が一番遅いと思っていたのに。
「遅刻の連絡も来てないよ」
チンが自分のスマホを確認しながら言う。
「あれー?ダニーは昨夜ボスと飲みに行ったんじゃなかったっけ?」
と、コノ。
確かに、コノの言うとおりだった。
とても暑い日で、「冷えたビールでも飲まなきゃ眠れない!」というダニーに付き合ったのだ。
そのわりには、ダニーの酔いの回りが早く、日付が変わる前にダニーを家まで送り届けたのはスティーヴだった。本当は、自分の家に連れ帰っても良かったのだが、それを珍しく、頑なに拒否したのはダニーだった。
「そういえば・・・・・・」
コノが思い出したように口を開く。
「私たち3人って、遅刻したことないけど、ダニーって、たまーにあるわよね、遅刻」
「そういえば、そうかもな」
と、チンが同意し、スマホのカレンダーアプリを見ながら、
「2、3ヶ月に一度?いや、3、4ヶ月に一度?そのくらいの頻度かな」
と言う。
チンとコノの観察力は一体なんなんだ、と思いつつ、スティーヴは違うことを考えていた。
チンの言った、頻度というか、間隔のことだった。
遅刻はさておき、チンの指摘した頻度で、ダニーの調子がおかしくなるのはなんとなく気づいていた。カマロの助手席で怠そうにしているとか、いつもは一気に3個は食べるココパフを1個しか食べないとか、それはココパフに限らずマラサダのときもあるとか、飲みに誘っても絶対に行かないと言い張るとか。仕事で疲れているんだろうと流していたが、おおよそ3ヶ月に一度くらいの頻度で、ダニーはそういう状態になる。そしてそれが2、3日続いたかと思うと、再びけろっとして、カマロの助手席でスティーヴにお小言やらお説教やらをするダニーに戻るのだ。
「「「うーん」」」
三人が首を傾げていると、そこへダニーがやってきた。
「わりーわりー寝坊したー!!!っていうかさ、誰か俺に電話くれたっていいじゃん!ったく、目覚ましのアラームが止まってるんだぜ?ん?何?あれ?みんな、怒ってる?事件?」
きょとんとした表情で、ダニーは三人の顔を見回した。
「違うよ、ダニー。怒ってなんかないよ」
いつもの優しい笑みでチンが言う。
「そうよ。昨夜ボスと飲みに行ったみたいだから、どうせ二人一緒で大丈夫でしょーって思ってただけ」
コノもすかさず、怒っていなアピール。
にも関わらず、腕組みをしてむんっとしているスティーヴ。ただし、これは怒っているわけではなく、考え事中の表情なわけなのだが、ダニーには伝わらない。
「うわ。スティーヴが怒ってんの?はいはいはいはい。悪かったって言ってるでしょうが。それとも何、昨夜俺が先に酔っ払っちゃったのが面白くないわけ?すまんねー!家まで送らせちゃって!でも、そんなんいつものことじゃん!つか、俺、書類仕事溜まってるから、事件が起きるまでオフィスに籠もってるわー」
そう言って、ダニーはひらひらと手を振って、自分のオフィスに入っていった。それが、スティーヴ的には「逃げた」ようにしか見えなかった。すかさず、ダニーの後を追う。
それを見ながら、チンとコノも自分のオフィスで仕事をすることにした。

「ダニー」
「ん?」
デスクに座ったダニーの前に、スティーヴが腕組みで立つ。
「何か隠してないか?」
「はいー?何、いきなり」
「チンとコノが言ってた。お前の定期的な遅刻について」
「だからー、悪かったって言ってるでしょうが。俺だって今日は好きで遅刻したんじゃないの!アラームが止まってたの!つか、昨日酔って帰って、設定するのを忘れちゃったかもなの!あるでしょ、人間、そういうことって!」
ぷんすかモードでダニーが答える。
「お前は三ヶ月おきにアラームをかけ忘れるのか。きっちり三ヶ月おきに体調を崩すのか?」
「何、その三ヶ月おきって!記録でも取ってるわけ?それってさー、女子部下の生理日を手帳で把握してるセクハラ上司みたいじゃん!あ!まさか、コノの・・・・・・・」
「ダニー!!!」
バンっとデスクを叩いて、ダニーのマシンガントークをストップさせる。
「統計的な話をしてるだけだ。俺もさっきチンとコノに言われて気づいた。お前の定期的な体調不良について。誰よりも一緒にいて気づかなかった俺にも落ち度がある。昨夜も本当は具合が悪かったんじゃないか?」
「ネイビーシールズの頭は筋肉で出来てるかと思ってたけど、ちゃんと統計って言葉を知ってるんだね!でも、ご心配なく!俺は健康。さっきから三ヶ月っていうけど、そういうのって誰にでもあんじゃないの?ほらほら、バイオリズムってやつ?もー、二度と遅刻はしないからさ、俺に書類仕事をさせてくんない?事件でも起こったら、溜まる一方でしょうが!俺もあんたも!」
ダニーも立ち上がって、人差し指をスティーヴに突きつける。
ブルーアイズの奥の隠し事を探しながら、スティーヴはダニーに顔を近づけた。
その時。
甘い、香りがした。かすかな、香り。何処かで嗅いだことのある。わりと日常的の中にある香り。
「ダニー」
「何だよ」
「・・・・・・蜂蜜の匂いがする」
「え?」
ダニーは一歩、スティーヴから体を引いた。それでも、スティーヴはデスク越しに一歩追う。そして、ダニーのシャツの胸元を掴んで引き寄せた。
「間違いない。蜂蜜だな」
「あーあーあーあーはいはいはいはい!すみませんねー!俺は遅刻した挙句に、ワイラナでパンケーキを食ってからここに来ました~!メープルシロップの代わりに蜂蜜をいっぱいかけて食べました~」
「お前、メープルシロップ派だろう。いつから宗旨替えしたんだ?パンケーキには絶対、ホイップクリームとメープルシロップが最強コンビって言ってなかったか?」
「気分だよ、気分!もう、何なんだよ、朝っぱらから!確かに俺が悪いよ?遅刻してきた俺が全面的に悪いよ?でも、何で蜂蜜が責められないといけないわけ?蜂蜜がかわいそうじゃん!」
「パンケーキを食ったぐらいで、そんなに蜂蜜の匂いがするかっていうんだ!」
「ガーリックシュリンプを食い過ぎたら、ちょっとはニンニク臭くなるでしょー!それと同じ!」
「そんなレベルじゃない!お前の体から蜂蜜の匂いがするんだ!何なら、チンに確かめてもらおうか!?」
「チンを巻き込むなー!!!!!!!」
そのとき。
「スティーヴ、ダニー、事件だ」
チンがダニーのオフィスの扉を開けた。
ガラスの向こうではコノが呆れた表情で立っていた。

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