Honey and Lime 03

「どれだけ眠りが深いんだ」と思いながら、スティーヴはダニーを担いで自宅に入った。ダニーではなく、スティーヴの家だ。

居間のソファにダニーを下ろし、メアリーが置きっ放しにしていった大きめのストールを掛けてやる。

発情抑制剤。副作用は、だるさ、食欲不振、それと眠気。

フォンが言ったことを心の中で復唱する。

それにしたって、寝すぎじゃないか。

いや、そんなことは重要じゃない。もっと大事なのは、ダニーがΩ属性だったということだ。ずっとベータだと思っていたのだ。

けれども、周期的に訪れる相棒の体調不良、そして今日の様子を見れば、納得がいく。

そして。

「ん・・・ん?」

ダニーの体がもぞりと動いた。

「起きたのか、ダニー」

スティーヴがソファの側に跪く。

「え?寝てた?・・・げ、ここ・・・何処?今、何時?あれ?まだ明るい?」

「俺の家だ。それと今は、午後6時」

「事件は?」

「チンとコノに任せた。容疑者も確保した」

「・・・・・・悪い。やっぱ、俺、今日は休みを取るべきだったわ。まったくの役立たずだ」

ものすごい自己嫌悪感を表しながら、ダニーはソファに座りなおした。

「俺の車・・・で、ここに来た?」

「ああ。」

「じゃあ、帰るわ。マジ、今日は迷惑をかけて悪かった。明日からはちゃんと体調管理する」

ソファから立ち上がろうとするダニーの腕をスティーヴが掴んで引き止めた。

「家で晩飯を食って、泊まっていけばいいだろう。俺の車は本部に置いてきたから、その方が助かる」

「んーでもなー」

ダニーが眉を顰める。

「ちょっと風邪気味っぽいから、薬を飲みたいんだよねー。今日の体調不良、風邪のせいだったんだよ。うん。そうそう。あんたにうつしても悪いしね、帰るわ」

再度立ち上がろうとするが、スティーヴがダニーの腕を離す気配はない。

「スティーヴ?ちょっと離してくんない?」

「・・・・・・今日はもう、規定量以上、飲んでいるんじゃないか?」

「は?」

「抑制剤」

ダニーの顔が青ざめる。けれども、すぐに取り繕うように笑う。

「な、な、何何何何?何の話?」

「フォンに調べさせた。PTPシートが助手席に落ちていたから。水が欲しかったのは、薬を飲むためだろう?」

「・・・・・・・・・・・・」

無言は肯定の返事だ。

「ダニー?」

「・・・・・・じゃあ、どうして俺が帰りたがってるか、わかるよな」

「帰さない」

「うわっ!出たよ、このコントロールフリーク!仕事は我慢するけど、プライベートは干渉しないでもらいたいもんだね。それとも何、今は勤務中なわけ?」

「心配なだけだ。帰ったら、また薬を飲む気だろう?それじゃあ、ほとんどオーバードーズだ!」

「しょうがないだろう!?こっちだって好きで薬に頼っているわけじゃない!必要以上に飲まずに済むんならそうしたいよ!ったく!ハワイに来てからロクなことがない!」

「どういう意味だ?」

「ニュージャージーにいた頃はコントロールできてた!薬を飲まずに済むことだってあった!それなのに、ハワイに来てから・・・つか、ファイブ・オーに入ってからおかしいんだよ!周期は狂うし、薬の効き目は悪いし!あーもー自分の家どころか、ニュージャージーに帰りたいね!」

吐き捨てるように、ダニーが怒鳴る。そうして唇を噛みながら、顔を背けた。

「そんなことは許さない」

「はあ?あんたいつから俺の親になったんだよ!」

「ダニー。蜂蜜の匂いがわかったのは、俺だけだ。チンもコノもわからなかった。それがどういうことがわかるか?いや、わかるよな?」

スティーヴが断定する。それ以外の答えはないというように。

「ダニー、俺は・・・・・・」

「ストップ!!!!」

「ダニー?」

「あのさあ、俺、こういう展開になるのが嫌だったんだよね。あんたがαだってことは結構前に気づいてた!でも、αとΩが出会いました、じゃあ、番いましょうって違くない?それじゃあ、野生動物と同じじゃん。悪いけど、俺には感情があんの!人間なの!しかも男なの!あんたには悪いけど!」

一気にまくし立てると、疲れたようにダニーはソファに背を預けた。

「知ってたのか、俺がαだって・・・・・・」

ダニーがちらりとスティーヴを見やる。

「・・・・・・俺の場合は蜂蜜の香りなんだろうけど、あんたの場合はアドレナリン異常大放出的な行動とか、まあ、体臭だよね。ライムの香りのデオドラントで誤魔化してるみたいだけど」

図星だった。スティーヴの場合は、抑制剤を飲んでいても、攻撃的な性格になる。α属性の男は大抵そうだった。ましてやスティーヴは職業柄、それがヒートアップする。

「そのライムの香りがさ、わりと定期的だなってので、気づいた」

「俺はお前の蜂蜜の匂いに、今日初めて気づいた・・・・・・」

「抑制剤のおかげ。でも今日は周期が狂って、薬を飲むのが遅かったんだ。まったく、あんたのせいだ」

「俺のせい?」

「チンもコノも、あんたがα属性だって知らないんだろう?ただのアニマル脳みそまで筋肉無鉄砲ネイビーシールズだって思ってるだろう?でも、俺はあんたがαだって気づいた!」

なんだかボロクソに言われたような気もするが、スティーヴはとりあえず、その部分は聞き流すことにした。それよりも大切なのは。

「ダニー、自分が何を言ってるかわかってるか?」

「・・・・・・わかってるけど、言いたくない」

「言ってほしい」

「やーだーねー」

「ダニー!」

ダニーが逃げられない程度の強さで、スティーヴは両手でダニーの顔を包み込んだ。そして、半ば強引に目を合わせる。遠浅の海の色。それが揺らいでいるのは、発情期のせいだろう。

「じゃあ、俺が言う」

「聞きたくない」

「ダニー、俺たちは・・・・・・」

「わーわーわーわーわー!!!!!!」

両手をぶんぶん振り回しながら、スティーヴの言葉を遮ろうとする。

「わかった。言い方を変える。ダニー」

「聞かないもんねー!」

「愛してる」

「っ・・・」

ダニーの動きが止まる。

「俺はダニエル・ウィリアムズを愛してる。ずっと前から。きっと出会ったときから。だから、拒むな。番だからじゃない。ダニーだから、愛してる」

ダニーが動けないでいることをいいことに、スティーヴはさっさと次の行動に移る。両手で包んだ顔を引き寄せて口付ける。

甘い香り。蜂蜜の匂い。ふわりと漂い、包み込む。

ダニーの唇の柔らかさを十分に楽しんでから、そっと離す。

返事は必要なかった。ダニーの表情を見ただけで、わかった。

少なくとも、拒否はされていない。

「・・・・・・スティーヴ」

「ダニー」

「・・・・・・あのさあ、俺、男だよ?Ω属性でも男なんだけど?」

「だから?それがどうした?信じられないなら、もう一度言おうか。愛・・・」

「いや、もういい。すっげー恥ずかしい!!」

脱力してソファに沈み込むダニー。

「奇跡だと思わないか、ダニー。こんな風にして出会える番は滅多にない。しかも愛し合ってるなんて・・・・・・」

「ちょっと待った!俺は、愛してる、なんて一言も言ってねーけど?勝手に話を作らないでくんない?」

再びソファに座りなおすダニー。忙しい。でも、顔はとても嬉しそうだった。そして、どこか吹っ切れたような表情。そんなダニーをスティーヴは抱きしめる。蜂蜜色の髪の毛に鼻を埋める。そうして、蜂蜜の匂いを堪能する。その広い背中に、ダニーの手が回る。おずおずと。けれども縋るように。

今は言わない。言わないけれども、きっといつか。近い未来に、自分の言葉で言えるときが来るだろう。

「スティーヴ。俺も愛している」

と。

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